Part2 捕獲編

 愛鳥週間の名称とは裏腹に酷い目に会った昨年。白い鳥の有するIQ400の頭脳は、経験を踏まえて対処法を導き出した。すなわち―――捕まる前にさっさと逃亡。
 人、それを無意味な努力という。


「右よ〜し、左よ〜し。……大丈夫だな」
 上空から念入りに確認した上で舞い降りた中継地点。今夜の獲物を月に捧げるいつもの儀式の間も、危険な気配を感じたらすぐさま飛び立てる様、全身で辺りを警戒して。
「普段からそんくらいしてりゃ、俺も安心できるんだがな」
「のわっっ」
 危うくフェンスの外へ落としかけた宝石を背後から伸ばされた手が攫っていく。
「ま、ここまで近づいても気づかねぇようじゃ、危なっかしくて放してやれねぇけどよ」
 恐る恐る振り返った先には、去年の悪夢を生み出してくださった俺様の大型バージョン。満面の笑みが恐ろしいのは去年の経験のせいだけでなく、出会って以来否応なしに思い知らされてきた出来事の数々によるものだろう。

「し、し、新一っ!? いったいどこにっ」
「最初からここにいたぜ。準備と称して折角のGW頭から姿を消した挙句、今まで逃げまくってくれた誰かさんが楽しそーに制服のおっさんどもに紛れてた頃から」
 皮肉たっぷりな物言いは二週間ぶりの再会にますます磨きがかかっている。ここから見てただけじゃんなこと判らねぇだろ、とよく見てみれば、黒一色の服装に紛れて目立たなかったものの、首から下げた双眼鏡にウェストポーチ状の物に取り付けられた小型モニター、艶やかな黒い髪に隠れるようにイヤホン…いやインカムと、なにやら怪しい代物を色々仕込んでいるようだ。現場の監視システムから情報横取りに警察無線の盗聴用という辺りか?
「それでいいのかよ、探偵が…」

 言うだけ無駄なことは、この相手が小さな姿だった頃から、もう数えるのも馬鹿らしいほど繰り返して判っている。それでも光の中にいて欲しいと望んでしまう彼が、こうしてわざわざ闇に踏み込むような真似をするたびに言ってしまう愚痴にすかさず蹴りが飛んでくる。反射的に交わすと、更に不穏な雰囲気を増した相手の笑みに思わず背筋が凍りついた。
「なんか言いてぇ事があるなら帰ってから聞かせてもらうぜ、こそ泥さんよ。じーっくりとな」
「………目が笑ってませんよ、名探偵…」
(うわー、マジで怒ってやがるよ…)
 一見だけなら思わず見惚れてしまいそうな美貌が形作る笑みなだけに、これは怖い。流石いつも警察の皆さんを誑かしているだけのことはあるなぁと思考が逃げをうってしまう。
 しかしここで大人しくお持ち帰りされた日には絶対無事では済まない、と去年よりは誰かに鍛えられた本能で確信する。明日の予告状も既に送ってある以上、それは避けたい。避けたいのだが……ここで逃げた日には、その後がどうなるか、ということもしっかり予測出来てしまう。
(う〜〜、いっそ判んなきゃ、このまま逃げれるのになぁ)

 どう動いても、こいつを本気で怒らせた時点でろくな結果にならない、という予測が即座に出来てしまう自分の頭脳の出来と、そんな回答を導き出してしまうこれまでのデータの蓄積が切ない。…そして何より、何故彼がここまで怒ってるのか、その理由も判ってしまうから。


 一歩距離を詰めて来た相手を避けて退くと低いフェンスが背に当たる。翼持たない自分相手になら、そのまま空に逃れることなど簡単だろうに、困ったように見返しながらもこの場からは逃げようとはしない白い鳥。内心の葛藤が手にとるようにわかるその態度に、新一は大きく溜息をついた。
「丸っきり人を判ってねぇな、てめぇ…」
「……俺としては、よーく理解しているつもりなんだけど」
「バーロ。…おめーの『仕事』を俺が本気で邪魔したことがあったか?」

(え?)
 言われてみればない、様な気がする。その前後に不機嫌になられ、我侭を言いまくられ、埋め合わせと称して色々(…)されてはいるが、KIDの仕事と準備に致命的な事だけは、新一は仕掛けてこなかった。
「新、いち……………ごめん」
 闇の中、惑うことなくただ真っ直ぐに自分を映す蒼に耐え切れず、思わず逃れるよう俯いた先に、優しく差し伸べられる腕。視線を合わせないままその手に体を預ければ、一見華奢なその腕は、造作なく闇に舞い続ける自分の重みを受け止め、夜風に冷え切った体に温もりを移すように暖かく抱きしめてくれる。そのままもう一方の手で穏やかに髪を梳かれて、KIDは思わずうっとりと目を閉ざしてしまった。
 そのため、怪盗は見ることが出来なかった。―――彼の浮かべた微笑を。


「おめーが仕事をしなくなったら、暇になるからな。飽きるまで邪魔しねぇぜ」
「へ!?」
(それってなんか…)
 夢見心地な所に聞こえた暴言に白い鳥がパッチリ目を開けると、そこにいたのは黒い尻尾を振る悪魔が一匹。
「さ、帰るぞ。あぁ、お仕置きは仕事が落ち着くまで待ってやるから、安心しろ」
「…………」
「やーっぱこの季節でも夜になると冷えるな。懐炉は必須だぜ」
「…………………」


 好き放題言う悪魔に自分から捕まってしまった迂闊な鳥は、抵抗空しく悪魔の住処に連行されていった。
 今年もやっぱり、災難な愛鳥週間のようである。
(合掌)


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