Blue in blue

『高校生名探偵、工藤新一 サファイアの慧眼がまたしても迷宮入り事件を解決!!』
「サファイア、ねぇ」
 投げ捨てた安っぽい紙の束がバサッと大きな音を立てて床に落ちる。特集に釣られてつい買ってきてしまった三流週刊誌を放り出し、快斗は足元に転がった雑誌も表紙を飾る己の写真も無視してソファで読書中の新一に視線を向けた。
「なーんかしっくり来ないよな」
 もっとこう、鮮やかな…
 こうして工藤邸でごろごろしてるときのお気に入りであるふっかりとしたラグマット。これに寝そべった体勢だと、他の角度からは見え難い、俯きがちに活字を追う彼の瞳がはっきりと見て取れる。目の前の事象への集中に透き通った輝きを宿す蒼の瞳に長い睫毛が僅かに影を落とし、推理をしているときと同じく真剣な名探偵の表情が、少し和らいだように見えるこの角度は快斗のお気に入りだった。
 自分以外にその瞳が向けられてるのは気に入らないが。

「し〜んいち〜〜」
「……んー…」
 自分に向けさせたくて上体を起こして抱きついてみると、本に影が落ちるのが邪魔だったのか軽く頭を押され、膝の上に乗せられる。無意識の条件反射なのか、そのままゆるりと癖のある髪を梳かれてこちらも反射的に瞳を閉じてしまう。押し付けた頬から伝わる新一の体温と、柔らかな猫っ毛の感触を楽しむように絡められる指先が心地よく、快斗はうとうとと…

「って、そうじゃなくてさー」
 つい慣らされた感覚に微睡に誘われかけた意識を引き戻して身体を反転させ、片手で自分を撫でつつ、器用にもう片手だけで持った文庫のページを捲っている新一の首に腕を回して全身の力を抜く。となれば当然快斗の体重は一点に懸かるわけで。
「うわ、危ねーだろうがっ」
 突然懸かった重みに新一は咄嗟に本を投げ捨てて快斗を抱きとめた。軽いとはいえ男一人分の体重、構える間もなく懸けられては筋を痛めかねない。活字の世界に奪われてた意識を強引に引き戻された恨みも込めて睨みつければ、凶悪犯ですら凍りつく氷点下の視線を受けて嬉しそうに腕の中で笑う指名手配犯の怪盗。悪戯に成功して楽しそうな恋人の満面の笑みに毒気を抜かれて抱きしめなおせば、逆うことなく身を預けてくるのにあっさりと機嫌を直し、軽く唇を啄ばむ。触れ合うだけの接触を二三度楽しんで離すと、自分のそれよりもやや紫のかかった瞳が至近距離で見詰めていた。
「で、どうしたんだ、いきなり」
 新一の言葉を聞いているのかいないのか、快斗はただ唯一の蒼い宝石を鑑定し続けている。夜の顔のとき以外、自分の前でも滅多に見せない真剣な眼差しに魅入られて、暫しの沈黙が落ちる。吐息のかかる距離で自分だけを瞳に映し続けている恋人。その誘惑に耐えかねた新一は視線を交わらせるには近すぎる距離まで再び引き寄せ、深く深く口付けた。

「………っ……ん…それ、反則…」
 見詰める力も余裕も奪い尽くす甘い感覚にグッタリとなった快斗は、再び新一の膝に頭を落とし、潤んだ瞳で余裕たっぷりの相手を睨みつけた。
「……絶対サファイアじゃない」
「そんなことを言われてもな」
 くすっと笑って緩やかに敏感な耳裏へ指を這わせれば、途端に跳ね上がるしなやかな体。ソファからずり落ちそうになるのを軽く押さえて耳元で囁きかける。
「それで? 何がどうなってサファイアじゃないんだ」
 言われ慣れた比喩だから何を指しているのかは判るが、それだけに今更という気がする。言葉のついでに耳朶を喰むと引き攣れ不規則になる呼吸。自分の動きの一つ一つに素直な反応を返す彼が愛おしくて、疑問を解消するよりもこのまま美味しく戴いてしまいたくなる。
「……ちょっ…待…てっ」
 甘いだけの戯れから不穏に変化した気配に気づいたのか、既に力の入らない手が甘噛みしながら首筋へと移動していく唇を塞いで押しやる。いいところで邪魔されて不満げに睨む新一の前にもう一方の手を握って差し出し。
「one、two、three!」
 掛け声と共に現れたのは二枚のチケット。
「なになに、『青の宝石展示会招待券』。……バーロ、探偵を下見に連れてく気か」
「そんな事はしませんって。これはお仕事の予定なしのお誘い。予定はないけど手に入っちゃったし、無駄にするのも勿体無いしね」
 宝石展は扱うものが高額な分、招待客のみしか立ち入れないものも多い。KIDの関係上、そういった上流向け展示会への参加ルートも確保しており、そちらから流れてきたものの一つなのだ。といってもこれは一般向けの販売促進用の展示会で、ビッグジュエルも来ていない。なのでパスしようと思っていたのだが――ちょっと追及してみたくなったので。
「新一、六月になってから晴れれば暑い、雨が降れば面倒だって全然付き合ってくれないじゃないか。たまには遊ぼうよ」
 ね、と上目遣いにおねだりすれば、溜息をつきながらも頷くことになる。結局、この恋人には勝てやしないのだ。
 それに即売会付というならチケットの日付も日付だったし、丁度いいだろう。

 6月20日、宝石展デート決定。

なかがき(T_T)
結局オープン&誕生日当日に間に合いませんでした。
なんとか今月中にはデート本編完成させたいと思います(^^;
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